法律相談Q&A(10) 退職後の秘密保持義務(人事・労務)

【Q】
来月、当社の従業員Aが退職することになりました。Aは、当社の商品や営業戦略等を全て知りつくしている人物であり、当社としては、Aが、この先、当社の保有する営業秘密、ノウハウ等の情報を流出させてしまわないか危惧しています。なお、当社の就業規則には、退職後の従業員に秘密保持義務を負担させる旨の規定はありません。当社として、どのような方法を採ることが可能でしょうか。

【A】
従業員Aから、退職後も秘密保持義務を負担する旨の合意(誓約書)を取り付けるか、あるいは、そのような内容を就業規則に盛り込むことが望ましいと考えられます。
その場合の合意や就業規則の有効性については、①対象となる秘密の特定性、②対象となる秘密の重要性、③当該従業員の職務内容や地位等に照らして秘密保持義務を課すことに対する合理性の有無等によって判断されます。

(理由)
1 従業員は、雇用契約期間中であれば、雇用契約に付随する義務として、会社の営業上の秘密を保持する義務を負います。これに対し、退職後は、従業員と会社の間の雇用契約関係は終了するため、退職後も会社の秘密を保持することについての就業規則や誓約書等による明示の合意がある場合に限り、かかる義務を認めるとするのが一般的です。
もっとも、そのような合意等がある場合でも、その内容が退職した従業員の職業選択の自由や営業の自由に対する過度な制約と認められる場合には、公序良俗違反として無効になると解されています。かかる観点から、退職後の従業員の秘密保持義務については、上記のような合意等の有無とその有効性が重要な問題となります。

2 裁判例は、従業員との間の上記のような合意等の有効性について、①対象となる秘密の特定性、②対象となる秘密の重要性、③当該従業員の職務内容や地位等に照らして秘密保持義務を課すことに対する合理性の有無等によって判断する傾向にあると考えられます。
例えば、東京地裁平成14年8月30日判決(ダイオーズサービシーズ事件)においては、従業員が在職中に提出した、「退職後も、貴社の業務に関わる重要な機密事項、特に『顧客の名簿及び取引内容に関わる事項』並びに『製品の製造過程、価格等に関わる事項』」については一切他に漏らさない」という趣旨の誓約書の効力が問題になったところ、⑴誓約書の内容から対象となる秘密が無限定とはいえないこと、⑵そこに挙げられた秘密は、会社の経営の根幹に関わる重要な情報であったこと、⑶当該従業員は、在職中、営業の最前線にあって、誓約書に挙げられた秘密の内容やその重要性を熟知する立場であったこと等を理由に、誓約書の有効性を肯定しました。
他方で、対象となる秘密の具体的な定義や例示がなされていなかったこと、また、秘密の管理が不十分で、従業員がそれが営業秘密として保護されていることを認識できるような状況になかったこと等を理由に、合意の有効性を否定した裁判例も散見されます(東京地裁平20年11月26日判決等)。

3 以上より、本問のようなケースにおいては、会社は、従業員Aから、退職後も会社の秘密を保持することについて合意(誓約書)を取り付けるか、あるいは、そのような内容を就業規則に盛り込むことが望ましいと考えられます。その場合の合意や就業規則の内容は、上記2の①乃至③のような要件を満たすものである必要があります。
有効な合意や就業規則があれば、会社は、従業員Aの退職後の秘密保持義務違反に対し、債務不履行に基づく差止請求・損害賠償請求をすることが可能となります。

4 なお、上記のような合意や就業規則がない場合でも、退職した従業員の行為が不正競争防止法(以下「法」といいます)の要件に該当する場合には、会社は、差止(法3条1項)や損害賠償請求(法4条)、侵害行為を組成した物(機密情報の記載された文書やデータ等)の廃棄又は侵害行為に供した設備(営業秘密を利用するための装置等)の除去(法3条2項)等を請求することができる場合があります。
同法に基づく請求をするためには、問題となる秘密が「営業秘密」(法2条6項)に該当すること、すなわち、⑴秘密として管理されていること(秘密管理性)、⑵有用な情報であること(有用性)、⑶公然と知られていないこと(非公然性)の3要件を満たしていなければなりません。裁判においては、特に「秘密管理性」について争点となることが多く、これに関連して、経済産業省から「営業秘密管理指針(改訂版)」や「営業秘密管理チェックシート」等が公表されています。

以 上